2024年1月9日火曜日

2023年 12月8日 研究会報告

 

2023128()リモート

 

 2023128()リモートで聖書と精神医療研究会の理事会および研究会が開催されました。

 

研究会では今年度の研究テーマ「次世代を育ている家庭の力」を踏まえて河村冴理事による発表がなされました。

 

下記リンクより当日の発表内容(PDF)を閲覧できます。

 

PDF:次世代を育てる家庭の力(河村冴) 

2023年7月7日金曜日

2023年7月7日 研究会報告

202377() 同盟基督教団 中野教会

 

 202377()同盟基督教団中野教会にて聖書と精神医療研究会の理事会および研究会が開催されました。

 

研究会では今年度の研究テーマ「次世代を育ている家庭の力」を踏まえて上山代表理事による「子育て」に着目した発題がなされました。

信仰継承において課題となるジェネレーションギャップの問題も具体的に考える時を持ちました。

 

次世代を育てる家庭(親)の力


以下に、レジメのポイントを転載します。

 

① このテーマが含む諸問題

  a  信仰継承の問題

    b  Z世代を含む若者とのコミュニケーションの問題

  c  宗教二世問題

② 精神構造的な問題(フロイト)

③ 理想と現実の問題(ロジャース)

④ 家庭における子育ての問題

⑤ 家庭教育が虐待にならないために

⑥ 教会としての問題点

⑦ 聖書の事例(ダビデとソロモンの関係)

 

  1歴代誌 22章7〜16節 


研究会で発表し、検討したことはジャーナルに掲載する論文にも反映しています。

2023年2月17日金曜日

2023年2月17日 研究会報告

2023217() 同盟基督教団 中野教会

 

 2023217()同盟基督教団中野教会にて聖書と精神医療研究会の理事会および研究会が開催されました。

 

理事会では、一年の活動を振り返りつつ、新年度の研究テーマや総会・シンポジウム開催方法等を検討しました。

 

研究会では今年度の研究テーマ「格差社会と持続可能性:破れ口に立つ教会」を踏まえて理事の浜田が「コロナ禍と牧師のメンタルヘルス」に着目しながら「家庭内や教会内における様々な問題(ハラスメントを含め)」を考える時を持ちました。

 

コロナ禍と牧師のメンタルヘルス、家庭や教会における問題


「非常事態」が「ニューノーマル化」しつつあるコロナ禍(またアフターコロナ)の時代にあって、様々な基準、モノの見方や価値観の多様化が浮き彫りになっています。教会においても例外ではなく、牧師にはこれまで以上に調整役・執り成し手としての役割が求められています。COVID-19による環境・生活の変化が引き起こす「コロナ鬱」と呼ばれる症状も増えていると言われていますが、常に緊張感や責任感をその身に受けつつ、矢面に立って変化の時代を歩み続けている牧師たちにとっても他人事ではないことを実感する中にあります。

 

精神的なストレスは家庭や教会における関係性にも悪いかたちで現れてしまう危険性を含んでいるので、「如何にこのニューノーマルの時代を生きることができるのか」を考えると同時に、「家庭や教会で起こり得る様々な問題・課題に着目し考察すること」が、予防・回復のために必要であると思います。発表後には、書籍等で紹介されている事例から、理事の先生方と意見交換をし、考える時が与えられました。


研究会で発表し、検討したことはジャーナルに掲載する論文にも反映しています。

2022年7月8日金曜日

2022年7月8日 研究会報告

202278() 同盟基督教団 中野教会

 

 202278()同盟基督教団中野教会にて聖書と精神医療研究会の理事会および研究会が開催されました。

 研究会では今年度の研究テーマを踏まえて上山代表理事から「教会が持続可能な存在となるために」、河村理事から「格差社会と持続可能性」というテーマで発題がなされました。 


 

 教会が持続可能な存在となるために (上山師)

SDGs(持続可能な開発目標)はコロナ前に国連サミットにおいて採択された今後の世界のあり方を見直す目標ですが、このコロナ禍でさらにその意識と実際の必要性に拍車をかけた形になっています。豊かさというもとで膨れ上がった不必要なものがそぎ落とされ、浮かび上がってくる「本当に大切なもの」、「次世代に残すべき価値あるもの」それこそが持続可能とすべき物ごとの本質です。こうした意識が私たちに芽生えたならば、それはまさにコロナが生み出したプラスの産物と言えるのではないでしょうか。教会の存在の意義や働きの内容においても、また私たち聖書と精神医療研究会のこれからのあり方についてもいつまでも残る「本当に価値あるもの」を見極めていきたいと願っています』(上山師)

 

研究会では、上山師によって上記の問題提起がなされた上で、「真に価値のあるもの」とは何かを考え、コロナ禍における現代やこれからの教会の在り方と活動を考える機会を持ちました。

 

格差社会と持続可能性 (河村師)

 

河村師は「格差社会と持続可能性」というテーマのもと「コロナ禍の教会訪問を通して感じたこと」と「マタイ5:13における地の塩のメッセージ」を通しての考察を発表されました。

 

 (1コロナ禍の教会訪問を通して感じたこと

 

コロナ禍になって様々な問題が教会に生じて来ています:経済的困窮、環境面の課題(半導体不足の影響)、伝道マインドの低下、ニューノーマルな教会活動・牧会から来る牧師家庭内の問題(コロナ前を上回る牧師の忙しさ、子どもたちの教会生活の変化)

 

こういった状況の中にあっても独自の発想で教会活動や経済面における持続可能性を見出している教会もありますが、そのような取り組みには特別な知識や経験が必要とされます。

 

このような現状の中で、教会や牧師にケアやサポートが必要である状況を確認しました。

 

 (2) 地の塩

 

『あなたがたは地の塩です。もし塩が塩気をなくしたら、何によって塩気をつけるのでしょうか。もう何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけです』(マタイ5:13)

 

教会には「地の塩」としての2つの役割(味付け・防腐剤)が与えられています。

 

『私たちが連なる教会が、コロナ禍の厳しい時代の中にありながら、尚も神の御心に忠実に生きようとするのか、それとも未曾有の疫病に耐えられず、歴史的使命を終え、もはやサスティナブル(持続可能性)を求められる存在ではないとして、外に投げ捨てられるのか。一つの教会が無くなっても、その地域社会が痛くも痒くもないと思われるような状態になっていたとしたら残念なことです。そうなる前に教会自らの「塩」としての役割を改めて考え直したいと思います』(河村師) 

 

SDGsは「誰ひとり置き去りにしない」(no one will be left behind)という精神を掲げていますが、感染力の強いコロナウイルスの故に人々は孤立を強いられています。またコロナ前から進行の一途を辿っていた社会における格差の問題はさらに深刻化している状況です。このような時代にあって教会はどのように地の塩としての役割を果たすことができるのかを考える時間を持ちました。

 

 今回の研究会の発表内容はこの秋発行のジャーナルにも掲載予定です。

2021年6月1日火曜日

聖書と精神医療研究会会員の皆さまへ

 新型コロナウイルス感染問題が今なお世界中に蔓延し、昨年来、度重なる緊急事態宣言の発令、まん延防止の措置が適用される中にあって、私たちは「本当に大切なものは何なのか?」という問いかけを教会、信仰、そして人生に投げかけているのではないでしょうか?この問題に対する収束の行方と先の見えない日々が続いていますが聖書と精神医療研究会会員の皆さまはいかがお過ごしでしょうか?研究会も昨年は、総会を兼ねたシンポジウムの中止(総会の決議はリモートでの理事会において承認)、その後の理事会・研究会も年間を通してリモートを中心に行ないました。さらに2021年度においても、4月の理事会において、聖書と精神医療研究会規約第5条に基づき、2020年度の活動報告、会計決算及び2021年度の活動予定、会計予算の承認をいたしました。通常ですと、総会においても会員の皆さまの賛同をいただく機会を持っていますが、今年度も昨年度同様、集まっての総会は行なわず、理事会の承認のみ、会員の皆さまには書面にて報告をお送りさせていただきました。また今年度もシンポジウムは中止といたしました。2021年度は年間のテーマを「社会資源としての教会・信仰者」とし、今年中に同テーマのジャーナルを発行します。また今年度の研究会開催の詳細についてはHPを確認していただければ感謝です。この問題の一刻も早い収束とこのような状況下における皆さまの健康と安全、神さまの導きを心よりお祈りしています。


2021年5月26日


聖書と精神医療研究会 代表理事 上山

2021年4月23日金曜日

2021.4.23 研究会 報告 社会資源としての教会

2021年4月23日(金) 同盟基督教団 中野教会+リモート

2021年4月23日(金)同盟基督教団中野教会にて(リモート併用で)聖書と精神医療研究会の理事会および研究会が開催されました。

研究会では理事の笹岡師により、新年度の研究テーマを踏まえて「社会資源としての教会」というテーマで発題がなされました。

社会資源としての教会
社会的な必要に仕えていくことを大切な宣教の働きとして位置付けた「ローザンヌ運動」のように、社会における教会の役割はキリスト教界において重要視されてきました。世界の歴史を見ると教会が社会資源としての大切な役割を果たしてきた記録もあります。ただ現代日本では、社会資源としての役割は「行政が行うもの」という認識が強い傾向にあり、教会は(一部の教会を除いては)あまり社会的必要に仕える役割を担えていないという状況があるのかもしれません。

教会は幼稚園・保育園、学習支援、文化活動、地域活動、自殺防止活動等の直接の活動を通して地域における必要に仕えていく可能性を持っています。また礼拝や教会学校(日曜学校)をはじめとした教会内における基本的な活動のなかにも様々な(霊的)資源を持っているはずです(讃美歌や祈り等)。

今回の研究会は新年度の研究に思いを向けつつ、社会資源としての教会・信仰者の可能性を参加者たちで積極的に考える有意義な学びの機会へと導かれました。

新しい年度も、研究会の開催やジャーナル作成を通して有益な学びを共有していくことができたらと願っています。

2021年2月5日金曜日

2021.2.5 研究会 報告 スマホ・ネグレクト

2021年2月5日(金) リモート研究会

2021年2月5日(金)リモートで聖書と精神医療研究会の理事会および研究会が開催されました。

研究会では浜田が、年間テーマ「虐待と福音」を踏まえて「スマホ・ネグレクト」の問題をとりあげ、発表しました。 

スマホ・ネグレクト

これまでも「青少年のスマホ依存」について考える機会を持ってきましたが、現代においてスマホ依存は青少年だけの問題ではありません。スマホ依存の状態に陥っている大人も多く存在します。特に「子育て世代のスマホ依存」は、子どもの成長にも深刻な影響を及ぼす危険性があり、問題を認識する必要を感じています(私自身当事者として)。 

親がスマホに熱中することによって、結果的に子どもは無視され、放置されてしまいます。例えば、赤ちゃんがお母さんを見つめていても、親がスマホに気を取られて視線を返してあげられない、という状況が生まれます。日常的にこういった情緒的応答・つながりの得られない状況が続いてしまうと、子どもは健全に成長できなくなってしまいます(愛着障害、共感能力など社会性・人間関係に関わる力が育まれない)。

幼少期に親子関係を通して「心の土台」を築くこと(非認知能力を育むこと)は、(後からでも身に着けることが可能な)認知能力を育むこと以上に大切であると言われています。※参考:諸富祥彦著「プチ虐待」の心理(青春出版社.2016年)

クリスチャンであれば「信仰」こそが「心の土台」であると考えますが、スマホ・ネグレクト状態に陥ってしまうことによって、子どもの健やかな成長を妨げてしまうことや、信仰継承の機会を失ってしまうことのないように気をつけたいと思います。 

これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。 あなたが家で座っているときも道を歩くときも、寝るときも起きるときも、これを彼らに語りなさい。これをしるしとして自分の手に結び付け、記章として額の上に置きなさい』(申命記6:7〜8)

「主のことば」であり「主への信仰」であるべき『これ』が「スマホ」になってしまうことがようにしたいと思います(歩きスマホ、寝ながらスマホ、手に結び付けられたスマホ)。

研究発表の後、参加者たちで、教会における「非認知能力を育む機会」についてディスカッションをしました。

「礼拝」や「教会学校(日曜学校)」は非認知能力が育まれていく機会となる可能性を内包しつつも、プロテスタント教会のプログラムや説教は論理的・理屈的側面が強い傾向にあり、その機会を活かしきれてはないのではないか、もっと非認知能力を育むことのできる機会を用意する必要があるのではないか、という意見も出ました。 

引き続き、「スマホ・ネグレクト」「青少年や大人のスマホ依存」の課題、また「教会ができること」を考えていきたいと思います。